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水戸地方裁判所 昭和58年(行ウ)5号 判決

原告 鈴木賀里 ほか一名

被告 茨城県建築主事

代理人 西口元 山田文夫 櫻井卓哉 川田武 ほか三名

主文

原告らの本件各訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告らが求める判決

1  被告が訴外有限会社双葉商会に対し昭和五七年一一月四日確認番号第一二四号をもつて茨城県西茨城郡友部町大字上市原字笹立一五〇一番一の土地の一部九九一・七三平方メートルについてなした建築確認処分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告が求める判決

1  (本案前)

主文同旨

2  (本案)

(1) 原告らの請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  被告は、有限会社双葉商会に対し、茨城県西茨城郡友部町大字上市原字笹立一五〇一番一の土地の一部九九一・七三平方メートル(後に、同番六の土地として分筆された。以下「本件敷地」という。)について、昭和五七年一一月四日確認番号一二四号をもつて、建築確認処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  しかし本件処分は、本件敷地が道路に接していないのに建築基準法四三条一項に違背してされた違法があり、取消しを免れない。

(一) 本件処分は、本件敷地がその西側において茨城県西茨城郡友部町町道北部二〇号線(以下「本件町道」という。)に建築基準法(以下「法」という。)四三条に規定する距離以上接しているものとしてされた。

(二) しかし、本件町道は本件敷地の西側に隣接する同町大字上市原字笹立一五〇一番五の土地(以下「一五〇一番五の土地」という。)及びそのさらに西側に隣接する同所一五〇一番四の土地(以下「一五〇一番四の土地」といい、これと一五〇一番五の土地とを併せて「本件隣接地」という。)などを道路敷地として昭和五三年一二月一二日供用開始されたものであるところ、友部町は右供用開始に当たり本件隣接地について何らの権原も取得していなかつた。

(三) しかも一五〇一番五の土地は、現況アスフアルト舗装道路の一五〇一番四の土地の法面をなし(本件敷地及び本件隣接地の位置及び距離関係は別紙図面記載のとおり。)原告太平洋観光開発株式会社がその経営するゴルフ場の看板を設置しているもので、到底道路といい得る状況になかつた。

3  ところで一五〇一番五の土地につき、原告鈴木は所有権を有する者、原告会社は原告鈴木から無償でこれを借り受け、その経営するゴルフ場の「扶桑カントリー倶楽部」なる文字を記載した看板を設置している者であるところ、本件処分に係る建築物が建築されると、右土地は建物が建築される前は建築資材を搬入するための自動車の通行の用に、建物建築後は右建物を利用する自動車の通行の用にそれぞれ供されることになるから、本件処分により原告らの権利が侵害されることは必定である。

4  そこで原告らは、本件処分が違法であるとして、昭和五七年一一月一七日茨城県建築審査会に対し審査請求をしたが、同審査会は昭和五八年三月一九日付で右請求を棄却する旨の裁決をした。

5  よつて原告らは、本件処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1  行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消しの訴えは当該処分につき法律上の利益を有する者に限つて提起することができる旨定めているところ、右にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによつてこれを回復すべき法律上の利益がある者をいい、さらに右にいう「法律上保護された利益」とは、当該処分の根拠となつた行政実体法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益を意味するのである。従つて、原告らが本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に当たるというためには、第一に原告らに当該処分自体により侵害されるべき権利、利益がなければならず、第二に当該権利、利益がその根拠となつた行政実体法規によつて個別的かつ具体的に保護されているものでなければならないのである。

2  そこで右見地からみると、第一に、原告らには本件処分により侵害されるべき権利、利益がないというべきである。

(一) 本件敷地が本件町道に隣接していないとすれば、本件敷地の所有者は一五〇一番五の土地につき少なくとも民法二一〇条所定の袋地通行権を有することになるのであつて、そのために原告らによる右土地の利用が事実上妨げられることがあつたとしても、原告らは法律上はこれを甘受せざるを得ないものといわなければならない。従つて、一五〇一番五の土地が通行の用に供されたからといつて、原告らの権利、利益が侵害されるとはいえないのである。

(二) 法六条に規定する建築確認は、申請に係る建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合するかどうかを判断するものにほかならず、これを受ける者以外の第三者の私法上の権利義務に直接具体的な法律上の効果を及ぼすものではない。換言すれば、被告が本件処分をしたからといつて、原告らの私法上の権利義務関係に何ら影響はないのである。

3  第二に、仮に原告らが何らかの不利益を被るとしても、原告らが被ると主張する不利益は、法四三条の趣旨、目的が建築物及びその敷地の利用につき防火上、避難上、安全上支障なきを期することにあることに照らすと、到底同条により保護されたものとはいえない。すなわち原告会社は、ゴルフ場建設にあたり、本件町道がゴルフ場への進入路としては狭いため、これを拡張するため本件隣接地を購入し、後にこれを原告会社の代表取締役の弟である原告鈴木に対し、その債権の担保として所有権を移転するとともに、同原告からこれを無償で借り受け、ゴルフ場への進入路などとして利用しているものである。従つて原告らは、不特定多数の者が本件隣接地を道路として利用することを当初から容認していたものというべきであり、また本件隣接地につき一種の担保権を設定しているに過ぎない原告鈴木にとつて、第三者が本件敷地へ出入りし、あるいは通行することによつて被る不利益は実質的には皆無というべきである。しかして、原告らのこのような不利益が法四三条により保護されているといえないことは明らかである。

三  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2(一)  同2項冒頭の主張は争う。

(二)  同2項(一)、(二)の事実は認める。

(三)  同2項(三)の事実のうち、本件一五〇一番五の土地が道路といい得る状況にないことは否認し、その余は認める。

3  同3項の事実のうち、原告鈴木が一五〇一番五の土地につき所有権(但し、実質的には担保権である。)を有し、原告会社は右土地を原告鈴木から無償で借り受けていること及び右土地に原告らの主張するような看板が設置されていることは認め、その余は否認する。

4  同4項の事実は認める。

四  被告の本案主張

1  法六条によれば、建築主が同条一項一号ないし四号所定の建築物の建築等をしようとする場合には、当該工事に着手する前に、その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「関係法令」という。)に適合するものであることについて、確認申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならないとされ(同条一項)、また建築主事は、右申請書を受理した場合には、当該申請に係る建築物の計画が関係法令に適合するかどうかを審査すべきものとされている(同条三項)。

しかして、法六条八項及び建築基準法施行規則一条によれば、確認申請書には建築物の敷地について、その位置(地名、地番、指定地域の別等)と面積とを記載し、併せて付近見取図と配置図とを添付すべきものとされているが、それ以上当該建物の敷地の登記簿謄本や地積測量図等の書類を添付しなければならない旨の規定は存しない。

また法六条四項は、審査の方法につき、「建築主事は……申請書の記載によつては(申請に係る計画が)これらの規定に適合するかどうかを決定することができない正当な理由があるときは、その理由をつけてその旨を文書をもつて……当該申請者に通知しなければならない。」と規定し、他に建築主事が申請書の記載事項について調査をする権限ないし義務を定めた規定は存しない。

2  右のような法の規定の体裁に鑑みるならば、建築主事が法六条三項所定の審査を行うについては、確認申請書(添付図書を含む。)の記載に基づいてこれを行えば足り(形式審査)、それ以上に申請に係る建築物の敷地を現地調査するなどして確認申請書の記載が現地の状況等と合致するかどうかを審査すること(実質審査)までの義務を負うものではない。

従つて、建築確認が適法であるためには、確認申請書の記載上当該申請に係る建築物の計画が関係法令に適合していると認められれば足りるのであつて、仮に確認申請書の記載と現地の状況等とが合致していなかつたとしても、そのことが直ちに建築確認を違法ならしめるものではないというべきである。

3  これを本件についてみるに、被告は有限会社双葉商会から昭和五七年九月四日確認申請書の提出を受け、申請に係る建築物の計画が関係法令に適合するかどうかについて申請書の記載に基づいて審査した結果、これが関係法令に適合していると認められたため本件処分をしたものである。この点につき原告らは、本件処分は申請に係る計画が建築物の敷地に関して定めた法四三条一項本文に適合しないにも拘わらず、これに適合するものとしてなされた点において違法である旨主張するけれども、本件確認申請書の添付図書である付近見取図及び配置図によれば、申請建築物の敷地は町道に二メートル以上接していることが認められたものであるから、前記見地に照らし、本件計画が法四三条一項本文に適合するものとした被告の判断に瑕疵はない。

五  被告の本案前の主張に対する原告らの認否

1  被告の本案前の主張1、2項は争う。

2  同3項の事実のうち、原告会社が本件隣接地をゴルフ場の進入路とするため購入したこと、右土地につき原告鈴木が所有権を有し、このうち一五〇一番五の土地につき原告会社がこれを無償で借り受けていることは認めるが、その余は否認する。ゴルフ場の進入路とするとの趣旨は、これを緑地帯あるいは看板設置帯とすることも含むものであり、現に原告らは一五〇一番五の土地を緑地帯及び看板設置帯として使用しているものであつて、かかる部分が不特定多数の者の道路として利用されることなど全く予想もしていないものである。

3  法四三条の接道義務の規定は、災害時の保安を目的としているだけではなく、日常の通行の安全をも目的としているものであり、しかも右日常の通行の安全とは、確認申請に係る建築物を利用する人の通行の安全のみではなく、当該申請に係る建築物の近隣に居住する者が右建築物の敷地に接する道路を安全に通行することを確保することをも目的としているものというべきである。従つて、少なくとも道路に接しない敷地に建築物が建てられる場合、その周囲の土地に権利を有する者は、右建築物についての建築確認について、自己の人身上及び財産上の権利が侵害される危険性があるとして、その取消しを求める法律上の利益を有するものというべきである。

六  被告の本案主張に対する原告らの答弁

1  被告の本案主張1項は認める。

2  同2項のうち、建築確認の審査は申請書(添付図書を含む。)の記載に基づいて行えば足りるとの主張を否認し、その余は認める。

3  同3項のうち、本件計画が町道に二メートル以上接していて接道義務の規定に適合するとした被告の判断に瑕疵はないとの主張は争い、その余の事実は認める。

4(一)  建築確認申請書及びその添付図書において道路とされたものが真に法四二条に規定する道路に該当するかどうかの判断は、確認申請書(添付図書を含む。)の記載に基づくだけでは足りないことは、建築主事が県や市町村単位に置かれていることや、法一二条四項が建築主事等に対し建築確認の際においても現場への立入り、検査、若しくは試験権を与えていることから明らかである。

(二)  被告は、既に本件処分をなす前から本件隣接地について道路管理者たる友部町が権原を取得していないこと、従つて町道とされた全部が町道ではないこと、特にその道路内とされる両側端は私有地であることを知つていながら、敢えて本件処分に及んだものである。

第三証拠<略>

理由

一  請求原因1項(本件処分の存在)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで被告の本案前の主張について判断する。

1  行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消しの訴えは当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限つて提起することができる旨定めているところ、右にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分によつて自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であり、右の「法律上保護された利益」は、当該処分の根拠となつた行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることによつて保障されている利益であると解すべきである。

2  ところで原告らは、法四三条の接道義務の規定はその周辺の土地に権利を有する者をも保護する趣旨の規定であるとして、本件処分により本来道路に接していない本件敷地に建築物が建築されることになれば、その位置関係からして一五〇一番五の土地は右建築工事あるいは建築後の建物への出入りのため、自動車の通行の用に供されることになり、その結果右土地について所有権あるいは使用借権を有する原告らの権利が侵害されることになるから、原告らは本件処分の取消しを求める法律上の利益を有する者に当たる旨主張する。

3  そこで法四三条がいかなる権利、利益を保護しているかについてみるに、同条は、建築物の敷地につき一定の距離以上の接道義務を課すことによつて、当該建築物及びその敷地の利用につき、防火上、避難上、安全上支障なきを期し、もつて安全良好な居住環境を確保しようとするとする公益保護を本来の趣旨とするものであると解されるが、加えて道路に一定の距離以上接しない敷地に建物が建築されることによつて近隣居住者が火災等の災害時に不測の危難にさらされることのないよう、その生活上の利益をも保護しようとする趣旨を含むものと解される(従つて、かかる利益は単なる反射的利益というにとどまらず、法律上保護された利益というべきである。)。しかし、法四三条による当該敷地以外の土地に関する利益の保護は、右のような近隣居住者に対する人的利益の保護をもつて限界とし、その範囲を超えて周辺土地に関する物的、経済的利益にまで及ぶものと解することはできない。

4  そこでこれを原告らについてみるに、担保の趣旨であるか否かはともかく本件隣接地が原告鈴木の所有であり、このうち一五〇一番五の土地を原告会社が原告鈴木から無償で借り受けていること、右土地には「扶桑カントリー倶楽部」なる文字が記載された看板が設置されていること、本件隣接地の位置及び距離関係が別紙図面記載のとおりであることはいずれも当事者間に争いがないところ、右各事実と<証拠略>によれば、原告会社は本件敷地から本件町道を北方に行つた場所に「扶桑カントリー倶楽部」なるゴルフ場を建設するに当たり、右町道がゴルフ場への進入路としては狭いためこれを拡幅する目的で、昭和四八年五月二日もと所有者訴外国井茂から、右町道の東側の茨城県西茨城郡友部町大字上市原字笹立一五〇一番一の土地(分筆前)の一部四五八平方メートルや右町道の西側の同字一四四二番の土地など沿道の土地を買い受け、右四五八平方メートルの土地部分についてはこれを同番四として分筆し、直ちに右町道の左右を舗装するなどして道路を拡幅したこと、その後原告会社は右笹立一五〇一番四の土地を昭和五五年一二月一日原告鈴木に対し債務担保のため代物弁済を原因として所有権を移転登記したが、右土地のうち道路法面(緑地帯)の非舗装部分三四六平方メートル(一五〇一番五の土地、昭和五七年七月二二日分筆)については、これを同原告から無償で借り受け、経営するゴルフ場やテニスクラブ等の名称を記載した看板を設置していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

5  してみると、原告らは、本件隣接地について所有権あるいは使用借権を有するものの、現実にはこれを道路の一部及び道路の法面(緑地帯)として所有ないし使用しているに過ぎないから、前記の法四三条によつて保護されるべき人的利益を有する者には当たらず、本件処分を取消すにつき法律上の利益を有しないものといわなければならない。

三  そうすると、原告らの本件各訴えは、原告適格を欠く者の提起した訴えであるから、これを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊惺 近藤壽邦 達修)

別紙 <略>

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